ところで、この日壬生の民家に隠れていた謀反人達は逃げることなく皆討たれた中に、武蔵国の住人で香勾新左衛門高遠という者ただ一人が、地蔵菩薩が身代わりとなられたことによって死を免れたのは不思議なことだった。
所司代の軍勢がすでに未明から押し寄せて十重二十重に取り巻いていた時、この高遠はただ一人敵の囲みを打ち破って、壬生の地蔵堂の中へ走り込んだ。どこに隠れようかとあちこち見ると寺僧かと思われる法師が一人堂の中から出て来て、この高遠を見て、
「そのようなお姿ではいけないでしょう。この数珠をその太刀を取り替えてお持ちなさい」と言ったので、なるほどと思ってこの法師の言うままに従った。こうしているところに寄せ手たち四、五十人が大庭に走り込んで、各門を閉ざして残るところなく捜した。高遠は長数珠を爪繰って「以大神通力便力、勿令堕在悪趣」と大きな声で唱えていた。寄せ手の兵達は皆これを見て本当に参詣人だと思ったのか、あえて怪しんで咎める者は一人もいなかった。ただ、仏壇の中、天井の上まで打ち破って捜せとばかり騒いだ。その時ついさっき何かを斬ったと思われて切っ先に血の付いた太刀を袖の下に引き寄せて持っていた法師が堂の脇に立っていたのを見つけて、「それ、ここにその落人がいた」と言って、捕らえ手三人が走り寄って抱え上げて倒し、腕を上から下まで縛って侍所へ渡したので、所司代都築入道はこれを受け取って狭い牢に入れたのだった。
次の日一日経って、看守は目を放さず牢の戸も開けないまま、この囚人は姿をくらました。監視役が不思議に思い驚いてその跡を見ると、いい香りが座に残って、まるで牛頭栴檀の匂いのようだった。それだけでなく、
「この囚人を捕らえて縛った者たちの左右の手や鎧の袖、草摺りまでいい香りがいっぱいで、その匂いはいっこうに消えない」と話し合ったので、それではきっとただ事ではないということで、壬生の地蔵堂の扉を開けさせて本尊を拝見すると、もったいなくも衆生を救ってくださる地蔵菩薩のお体に、ところどころ刑の鞭のために肌が黒くなり、腕の上から下まで縛った縄がまだ衣の上に着いていたのは不思議だった。
これを縛った者たちは涙を流して泣き、罪を懺悔してもなお足りず、すぐに髷を切って出家して発心入道の身となったのだった。
高遠は縁に従ってこの世で命を助かり、刑吏は悪事が縁となって来世のご縁を戴いたことは、まことにあらゆる手立てで救うという如来のお言葉に違わず、現世、来世をよくお導きくださるということで、心強い御誓願である。
《この話は、「仏の身代わり説話として類型をなすもの」(『集成』)だそうですが、終わりに、高遠だけでなく刑吏も仏縁を得たのだとする考え方は、なるほどと思わされる、いい話です。争乱の中にこういう話があるのも悪くありません。
かくして、巻が改まりますが、また新たな事件が起こります。》
所司代の軍勢がすでに未明から押し寄せて十重二十重に取り巻いていた時、この高遠はただ一人敵の囲みを打ち破って、壬生の地蔵堂の中へ走り込んだ。どこに隠れようかとあちこち見ると寺僧かと思われる法師が一人堂の中から出て来て、この高遠を見て、
「そのようなお姿ではいけないでしょう。この数珠をその太刀を取り替えてお持ちなさい」と言ったので、なるほどと思ってこの法師の言うままに従った。こうしているところに寄せ手たち四、五十人が大庭に走り込んで、各門を閉ざして残るところなく捜した。高遠は長数珠を爪繰って「以大神通力便力、勿令堕在悪趣」と大きな声で唱えていた。寄せ手の兵達は皆これを見て本当に参詣人だと思ったのか、あえて怪しんで咎める者は一人もいなかった。ただ、仏壇の中、天井の上まで打ち破って捜せとばかり騒いだ。その時ついさっき何かを斬ったと思われて切っ先に血の付いた太刀を袖の下に引き寄せて持っていた法師が堂の脇に立っていたのを見つけて、「それ、ここにその落人がいた」と言って、捕らえ手三人が走り寄って抱え上げて倒し、腕を上から下まで縛って侍所へ渡したので、所司代都築入道はこれを受け取って狭い牢に入れたのだった。
次の日一日経って、看守は目を放さず牢の戸も開けないまま、この囚人は姿をくらました。監視役が不思議に思い驚いてその跡を見ると、いい香りが座に残って、まるで牛頭栴檀の匂いのようだった。それだけでなく、
「この囚人を捕らえて縛った者たちの左右の手や鎧の袖、草摺りまでいい香りがいっぱいで、その匂いはいっこうに消えない」と話し合ったので、それではきっとただ事ではないということで、壬生の地蔵堂の扉を開けさせて本尊を拝見すると、もったいなくも衆生を救ってくださる地蔵菩薩のお体に、ところどころ刑の鞭のために肌が黒くなり、腕の上から下まで縛った縄がまだ衣の上に着いていたのは不思議だった。
これを縛った者たちは涙を流して泣き、罪を懺悔してもなお足りず、すぐに髷を切って出家して発心入道の身となったのだった。
高遠は縁に従ってこの世で命を助かり、刑吏は悪事が縁となって来世のご縁を戴いたことは、まことにあらゆる手立てで救うという如来のお言葉に違わず、現世、来世をよくお導きくださるということで、心強い御誓願である。
《この話は、「仏の身代わり説話として類型をなすもの」(『集成』)だそうですが、終わりに、高遠だけでなく刑吏も仏縁を得たのだとする考え方は、なるほどと思わされる、いい話です。争乱の中にこういう話があるのも悪くありません。
かくして、巻が改まりますが、また新たな事件が起こります。》